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松山地方裁判所 昭和34年(行)4号 判決

原告 近藤亀太郎

被告 松山地方法務局長

訴訟代理人 大坪憲三 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三四年三月二三日原告に対してなした異議申立棄却決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、訴外永野明は、原告と右永野間の松山地方裁判所昭和三二年(ワ)第一五五号家屋収去土地明渡請求事件についてなされた仮執行宣言付原告勝訴の判決に対し、高松高等裁判所に控訴を提起し、且つ右判決による強制執行の停止を申立て、同年八月八日なされた強制執行停止決定に基き、同年九月一六日右強制執行停止の保証として金三〇万円を松山地方法務局に供託した。

二、その後昭和三三年三月二七日原告と右永野との間で右供託金を永野において取戻した上これを原告に交付する旨の裁判外の和解が成立したので、原告は右永野のなす担保取消の申立に同意し、同月三一日右永野から高松高等裁判所に対し前記保証につき担保取消の申立をなし、同年四月一日同裁判所において担保取消決定がなされ、原告の抗告権の放棄により翌二日右決定は確定した。

三、ところが、これより先同年三月二八日国(松山税務署長)が右永野に対する国税(入場税滞納金二九九、六四三円)の滞納処分として、右供託金の取戻請求権を差押え、右差押通知書が同年四月一日松山地方法務局供託課に到達していたことが判明したので、原告は更に右永野に対し右強制執行停止によつて蒙つた金三五万円の損害の賠償を求める訴を松山地方裁判所に提起し、右事件につき同年一二月一日原告勝訴の判決がなされ、その頃右判決は確定した。

四、その後国(高松国税局長)が前記差押に基き、昭和三四年二月二五日右永野に代位して本件供託金の取戻請求をなし、松山地方法務局供託官吏は右国の請求につき同日原告に対し供託物取扱規則第一〇条による通知をなした。そこで原告は同月二七日右供託官吏に対し異議の申立をなしたところ、同年三月九日右申立が却下されたので、更に同月一四日被告に対し異議の申立をしたが、被告が同月二三日これを棄却する旨の決定をした。

五、(一) しかし本件供託金は右永野が強制執行停止の保証として原告のために供託したものであるから、原告において右供託金の上に質権者と同一の権利を有するところ、原告と右永野の右供託金に対する関係は一種の共同債権であるから、原告は右永野との合意により任意に右法定質権の行使方法を定めうべきものである。そして本件供託金については、前叙の如く原告と右永野との間で右法定質権の行使方法として、右永野が右供託金を取戻してこれを原告に交付する旨の裁判外の和解が成立したので、原告は右永野の担保取消の申立に同意したのであり、当時若し原告において右供託金の取戻請求権について国税滞納処分による差押手続がなされ、右の方法によつては原告の法定質権を行使し得ないことが判つていたならば、原告はもとより右の同意をしなかつたのであるから、右同意はよつて立つところの基礎を欠く故無効であり、右無効の同意に基きなされた担保取消決定も亦無効である。

(二) かりに、右担保取消の申立に対する原告の同意及び右担保取消決定が有効であるとしても、原告は前記(一)記載の趣旨で担保取消の申立に同意したのであるから、原告の右同意は右法定質権放棄の意思を包含せず、従つて、右同意に基き担保取消決定がなされ、右決定が確定していても、原告の本件供託金に対する右法定質権に何等の影響も及ぼすものではない。

従つて原告はいずれにしても本件供託金の上になお法定質権を有し、還付の請求をなしうべきものである。

六、しかるに被告は前記担保取消決定により原告の本件供託金に対する法定質権が消滅し、原告の還付請求権も消滅したものと誤解し、代つて供託者の取戻請求権が発生し、且つ右取戻請求権については国が代位しうるものとして原告の異議申立を棄却したのは違法である。

よつて本件異議申立棄却決定の取消を求める。

と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁並びに法律上の主張として、

一、原告主張事実中、原告が訴外永野明の本件供託金に対する担保取消の申立に同意するにつき原告主張の如き事情があつたことは不知、その余は全て認める。

二、本件供託金は、強制執行停止の保証として原告のため供託されたものであるから、原告において右強制執行停止によつて蒙つた損害につき債務名義を取得したときは、右供託金の上に質権者と同一の権利を取得し、右権利の行使として供託金還付の請求をなしうべきものであるが、しかし右保証につき担保取消決定がなされ、右決定が確定すれば右法定質権は消滅し、原告の供託金還付請求権は存在せず、供託者の取戻請求権が発生することは明らかであり、右供託者の取戻請求権については国税滞納処分による差押がなされているのであるから、国は国税徴収法に基き優先して本件供託金の取戻を請求しうるものである。

三、かりに前記担保取消の申立に原告が同意するについて、原告主張の如き事情があつたとしても、

(一)  供託官吏の審査は所謂形式的審査であつて、原告主張の如き書面に現われない事情についてまで審査する権限は有しない。

(二)  のみならず、右法定質権の実行は法規に定める方法に従つてなすことを要するものであるから、前記担保取消の申立に対する原告の同意が右法定質権を実行しうることを前提としてなされたものとは解し難く、また右同意は訴訟行為であるから、手続安定の見地からみても、原告主張の如き無効であるとの解釈は許されず、従つて前記担保取消決定の効力に何等の影響も及ぼすものではない。

(三)  担保取消の申立に対する同意は法定質権を消滅せしめるための訴訟行為であるから、右法定質権の放棄を留保しうるものではなく、結局原告は法の認めない便法をとつたものに過ぎないから、これによつて生じた不利益を回避することはできない。

四、以上のとおり、被告が原告の異議申立を棄却した処分は適法であるから、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。(証拠省略)

理由

一、訴外永野明が昭和三二年八月八日高松高等裁判所がなした強制執行停止決定に基き、強制執行停止の保証として同年九月一六日原告を被供託者として金三〇万円を松山地方法務局に供託したこと、その後昭和三三年三月三一日右永野が原告の同意を得て右保証につき同裁判所に担保取消の申立をなし、同年四月一日同裁判所において担保取消決定がなされ、原告の抗告権の放棄により右決定は翌二日確定したこと、これより先同年三月二八日国が右永野に対する国税金二九九、六四三円の滞納処分として右供託金の取戻請求権を差押え、右差押通知書は同年四月一日松山地方法務局に到達したこと、次いで国が昭和三四年二月二五日右差押に基き右永野に代位して本件供託金の取戻請求をなし、松山地方法務局供託官吏は右国の請求につき原告に対し供託物取扱規則第一〇条による通知をなし、右通知に対する原告の異議申立を却下したこと、及び原告が被告に対し更に異議の申立をなしたところ、被告は同年三月二三日これを棄却する決定をなしたことは当事者間に争いがない。

二、(一)便宜まず原告の法律上の主張について考察するに、本件供託金は原告のため強制執行停止の保証として供託されたものであるから、原告は右強制執行停止によつて原告に生じることあるべき損害賠償債権につき右供託金の上に質権者と同一の権利を取得したことは原告主張のとおりである。

(二) しかして、右法定質権の行使方法については、その権利の性質を如何に考えるかということと関連して、見解の別かれているところであるが、しかしいずれの見解によるとしても少くとも、(1)供託物の還付につき供託者の同意を得て供託物取扱規則第一〇条第四項の手続により供託金の還付を請求するか、(2)被担保債権につき確定判決を得て、同規則第五条の手続により供託金の還付を請求するか、(3)或は右確定判決を債務名義として民法第三六八条及び強制執行に関する規定に従い供託金取戻請求権を差押え、右被担保債権に基く質権実行の方法によることを明示した転付命令又は取立命令を得て、裁判所の担保取消決定を得た上供託金取戻の請求をするか、そのいずれかの方法によることを要し、原告主張の如く当事者の合意により任意に権利行使の方法を定めうるものではない。

(三) 次に、右保証について裁判所において有効に担保取消決定がなされ、右決定が確定した場合、右決定がなされるに至つた事情の如何を問わず、供託手続上供託原因の消滅を来たし、被供託者は最早供託金の還付の請求をすることを得ず、代つて供託者の取戻請求権が発生することは、民事訴訟法第一一五条、供託法第八条及び供託物取扱規則第六条の解釈上疑を容れないところである。原告はこの点に関し有効に担保取消決定がなされ、且つ確定している場合においても、なお、被供託者に供託金の還付請求権があるかの如く主張するが、右は独自の見解に過ぎない。

三、次に原告は、前記担保取消決定はその基礎となつた担保取消の申立に対する原告の同意に瑕疵があるから無効である旨主張する。しかし本件は供託官吏の処分についての法務局長の審査の当否に関する事件であるから、右担保取消決定が無効かどうかの判断はさておき、まず供託官吏及び法務局長に右担保取消決定の効力を判定する権限があるか否かを考察するに、供託法並びに供託物取扱規則の解釈上、供託官吏は当事者の各種申請行為について、当該申請が法律上の要件を具備するか否かについて審査するが、しかしその審査の範囲は各申請につき法定されている添付書類によつて、右法律上の要件たる法律関係が存在するかどうかを審査しうるに止まり、それより進んで右法律関係の実質的効力を審査する権限を有しないものと解すべきである。従つて本件の如く強制執行停止の保証として供託された供託金について、右保証につき担保取消決定が確定し供託原因が消滅したことを理由とする供託金取戻の請求がなされた場合、供託官吏は添付書類によつて確定した担保取消決定の存否を審査すれば足り、更に右担保取消決定の効力を審査してこれを無効と認定する権限を持たず、特に右決定が無効であることを宣言する他の裁判の存在が明らかにされない限り、右担保取消決定を有効になされたものとして取扱わなければならないものである。そして、供託官吏の処分に対する異議申立につき審理するに当り、法務局長の有する審査権が、その方法において供託官吏のそれを超えるものと解すべき法規上の根拠はない。

四、右の如く本件担保取消決定が有効になされたものとの前提に立つて判断すべきものである以上、右決定の確定によつて供託手続上は供託原因の消滅により、被供託者たる原告は供託物還付の請求をなし得ず、代つて供託者の取戻請求権が発生することは前叙のとおりであり、右供託者の取戻請求権については前叙の如く国により国税滞納処分による差押がなされ、原告において、右差押に先立ち、前示(3)の方法による権利実行の方法をとつていなかつたことも弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、国は国税徴収法に基き右供託者に代位して本件供託金の取戻を請求する権利を有し、原告は供託手続上これを阻止する何等の権利も有しないというべきである。

しからば本件において、松山地方法務局供託官吏が国の供託金取戻の請求に対する原告の異議申立を却下し、被告が右却下決定に対する原告の供託法第一条の三の規定による異議申立を棄却したのはいずれも相当であつて、原告の本訴請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢島好信 谷本益繁 吉田修)

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